現在までの白瀬氷河の流動

 
  1. 研究背景

  2. 日本で最初に南極探検を行った白瀬矗中尉の名を冠する白瀬氷河は、昭和基地の南西およそ 150 km に位置している。白瀬氷河は東ドローニングモードランド沿岸における氷流の1つであり、みずほ高原の主要部を流域としている。氷河の末端部は、リュツォ・ホルム湾に浮かぶ浮氷舌として海に張り出し、浮いている。浮氷舌の周辺はリュツォ・ホルム湾の定着氷に囲まれている。東南極地域の氷床は多くの場合、氷河により流出しており南極氷床の質量収支において重要な役割を果たしている。なかでも、白瀬氷河は南極の他の氷河と比較して、流動の速い氷河の1つである。氷河が接地する末縁部である接地線(grounding line)においては 2.3 km/a(a は year の意)と求められており(Rignot, 2002; Nakamura et al., 2007, 2010)、白瀬氷河は南極の他の氷河と比較しても、流動が速いことが示されている。


  3. 南極では日照のない時期があり、白瀬氷河の下流ではクレバスが存在し現地調査は危険であることから、合成開口レーダ(synthetic aperture radar: SAR)による観測が有効である。SAR データにより氷河の流出速度を求める手法として、SAR インターフェロメトリ(InSAR)を適用することにより、干渉画像から氷河の流速ベクトルが求められてきた(e.g. Rignot, 2002; Pattyn and Derauw, 2002)。しかし、白瀬氷河のように流動が速い対象では干渉性が悪くなるため、この手法は限定された条件下で適用できるものである。一方、白瀬氷河の2つの SAR の振幅画像のペアに画像相関法を適用し主にクレバスの移動から流速推定の有効性が示されていることから(Wakabayashi and Nishio, 2004)、本研究ではSARの振幅画像のペアに画像相関法を適用することが有効であると考え、画像相関法を適用して白瀬氷河の流速ベクトルを求め、季節変動と年々変動を調べている(Nakamura et al., 2007, 2010)。


  1. 使用データ

  2. 1996年から1998年の運用停止に至るまで、地球資源衛星1号(JERS-1)搭載の SAR により白瀬氷河周辺域が集中的に観測された。JERS-1 SAR データは昭和基地で受信し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から提供され国立極地研究所(NIPR)にアーカイブされている。JERS-1 SAR データを用いることにより、白瀬氷河の同一場所の変動を44日間隔で調べることが可能である。現在では、JERS-1の後継に当たる陸域観測技術衛星(ALOS)が運用され、ALOSに搭載されたフェイズドアレイ方式LバンドSAR(PALSAR)によりSARデータが取得されてきた。ALOS PALSARデータを用いることにより、白瀬氷河の同一場所の変動を46日間隔で調べることが可能であり、2007年9月からPALSARデータが取得されている。図1にSARデータの取得範囲を示す。















図1 SARデータの取得範囲を囲み線で示す。取得範囲はアジマス方向に2シーン連結している。
(a) JERS-1 SAR (b) ALOS PALSAR

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  2. JERS-1 SAR については1996年から1998年の期間中の16シーンを使用し、ALOS PALSAR については2007年から2010年までに取得された画像を使用して白瀬氷河の流動の解析を進めている。ここでは、本研究で使用している JERS-1 SAR および ALOS PALSAR データを時系列に並べた動画を以下に示す(図 2)。1998年に浮氷舌(氷河の末端)は崩壊した後、現在まで前進を続けている。白瀬氷河は10年周期で浮氷舌が崩壊されると考えられ(Nishio, 1990)、今後の氷河流動について注意深くモニタリングすることが必要不可欠である。アーカイブされた過去のSARデータを用いるは、現在の氷河流動をモニタリングする上で非常に有効性が高いことが示された。

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図2 1996年から2010年の白瀬氷河の流動アニメーション。


  1. 謝辞

  2. 本研究で使用したJERS-1 SARデータは、昭和基地で受信されJAXAから提供を受けました。ALOS PALSARデータは、資源・環境観測解析センター(現:宇宙システム開発利用推進機構)より提供を受けました。ここに記し、感謝の意を表します。また、本研究は国立極地研究所に在職中のプロジェクト研究(南極氷床・南大洋変動史の復元 地球環境変動システムの解明)の成果の一部であり、さらに、科研費(19710017)の助成を受けました。


  1. 参考文献

  2. Kazuki Nakamura, Koichiro Doi and Kazuo Shibuya: Why is Shirase Glacier turning its flow direction eastward?, Polar Science, vol.1., no.2-4, pp.63-71, 2007.

  3. Nakamura K., K. Doi and K. Shibuya: Estimation of seasonal changes in the flow of Shirase Glacier using JERS-1/SAR image correlation, Polar Sci., vol.1, no.2-4, pp.73-84, 2007.

  4. Kazuki Nakamura, Koichiro Doi and Kazuo Shibuya: Fluctuations in Flow Velocity of the Antarctic Shirase Glacier over an 11-year Period, Polar Science, vol.4, no.3, pp.443-445, 2010.

  5. Nishio, F., 1990. Ice front fluctuations of Shirase Glacier, East Antarctica. International Conference on the Polar Region in Global Change, Fairbanks, pp.145.

  6. Pattyn, F. and Derauw, D.: Ice-dynamic conditions of Shirase Glacier, Antarctica, inferred from ERS SAR interferometry, J. Glaciol. vol.48, no.163, pp.559-565, 2002.

  7. Rignot, E.: Mass balance of East Antarctic glaciers and ice shelves from satellite data, Ann. Glaciol., vol.34, pp.217-227, 2002.

  8. Wakabayashi, H. and F. Nishio. 2004. Glacier flow estimation by SAR image correlation. Proc. IGARSS'04, vol.2, pp.1136-1139.